2012年9月21日金曜日

白内障の手術を終えて

 今年の2月半ばから白内障が気になり始め、5月の上旬に係りつけの眼科医院に行き相談した結果、手術をすることになりました。5月18日に、紹介された病院に紹介状を持って行ったところ、様々な目の検査があり、その上、健康診断もすると言うのです。白内障手術の経験者に聞いても簡単!簡単!というだけで、誰もその手術前後のことは言ってくれませんでした。入院(一泊のみ)も手術も初めての経験である私は、行ったその日のうちに手術の日が決まると思っていたので、えーツ!そうなの?と言う驚きでした。その日は全て終わるまでに、往復の期間を合わせると5時間以上かかってしまい、とても疲れました。一ヶ月後の診断結果で手術が出来るかどうかが決まるので、また来るようにとのことでした。それからさらに、手術の一週間前の打ち合わせに行くという念の入れようで、結局、4回目の病院行きで、ようやく手術にこぎつけたのでした。8月2日に右目、16日に左目の手術を受けたわけですが、手術そのものは片目8分ぐらいで、確かに簡単でした。術後の検眼は両目合わせると6回あり、その都度猛暑の中通院するので結構大変でした。夏は目に汗が入りやすいので、夏の手術はお薦めできません。
 しかし、感謝なことに術後の回復は順調で、今は、見え過ぎるほど見えて、「綺麗なものはより綺麗に、汚いものは、さらに汚く見える」ようになり、手術の効果に驚くばかりです。ある姉妹などは「わたしに近寄らなで!」と言い、何よりも私自身、自分の顔を見るのを避けたいほどです。 そこで思いました。私は霊的白内障にかかっていないだろうかと。罪を罪と感じらない鈍感さ、霊の目が曇っているのに主のみこころが見えている、分っているつもりになってはいないだろうか。
 「また、目が見えるようになるために、目に塗る目薬を買いなさい.」(黙示録3:18)「神のみこころは何か、すなわち何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかわきまえ知るために心の一新に寄って自分を変えなさい。」(ロマ12:2) 主から目薬(霊的聖め)をいただき、いつもハッキリ、クッキリとした霊的状態を保っていかなければと思わされました。
                                                          浜崎国子