2017年2月6日月曜日

やぎさん郵便

 2016年も無事に聖書通読を終えた。1年で聖書を1回だけだが、通読するようになって8年がたった。よく巷で言われているのは、一日4章読むと1年で通読できるという事。8年前通読を始めるにあたってどれだけの章があるのか、聖書を調べてみた。新改訳聖書の旧約聖書は929章、新約聖書は260章ある。合計すると1189章、一日4章ずつ読むと298日で通読が終了する予定だ。カレンダーに置き換えると、元旦から毎日4章読み始めて、9月半ばというところだ。単純に1189章を365日で割ると3・25章になる。4章読める日もあれば、3章読める日もある・・でいいのかな?と気楽に始めた。最初の2年は、創世記から出エジプト・・と一枚一枚ページをめくって通読していたが、年間を通して毎月同じ個所を読むのか~と思い始め、3年目に読んでいない箇所を確認できるようにと、自分なりの一覧表を作成した。そして、その年から読んだ章をマーカーで塗りつぶすようにした。クリスチャン的に言うと、「示された所を読む」なんて、かっこいいことを言ってみたいけれどあまり感度良好なアンテナを持ち合わせているとも思えないので、礼拝で語られる箇所に合わせて読んでみたりした。また、詩篇は150篇あることを表を作成するときに改めて気づき、ある年は夏休み8月の1か月間で毎日毎朝5篇を朗読した。声に出して、詩篇を朗読することの素晴らしさに心も魂も癒された。そして、なぜか?31日目に詩篇の通読が終わった(笑)このぐらいのアバウトさが、8年続いた心地よさかと思っている。
昨年、いつにもまして忙しさの中なんとか12月クリスマスの頃に通読を終えられたが、それから年が明けるまで1年を思い巡らし、毎日毎日聖書のみ言葉を読めたのはよかったけれど、果たして神様からのメッセージをしっかりと受け取れたのだろうか?と自身を顧みた。そして、ふと動揺の「やぎさん郵便」が思い出された。
    「白やぎさんからお手紙ついた。
     黒やぎさんたら、読まずに食べた。
     仕方がないので、お手紙書いた
     『さっきの手紙の御用時なあに』」 まどみちお詩
白やぎさんの神様は、私にせっせとメッセージを送っているのに、私は毎日ただただせっせとそれを食べるだけに必死で、何が書かれているのか?よくわかっていない中、これまた一生懸命に「主よ、あなたに何を捧げたらいいでしょうか?今日のご用は何ですか?」と祈っていたのではないか?と思わされ苦笑した。(きっと神様も呆れておられたでしょうね・・・)
さて、それでも懲りずに今年もまた通読を始めている。多忙の中にあっても、今年は黒やぎさんなりにお手紙は心して拝読してからいただこうとおもっている。(N)