2020年3月6日金曜日

脱!「タコツボ」

アンテオケ宣教会NEWSの229号はお手元に届いたでしょうか?
いつもお祈りとご支援をありがとうございます


NEWSの事務局便りに少し書いたことについてですが

浦和にある事務所には、様々な方が来られます
デピュテーション(宣教報告)のため帰国した宣教師
元宣教師、宣教師志願者
他の宣教団体の方
世界宣教に関心のある方
発送作業などのボランティアをしてくださる方
等々…

そしてお話しをする中で
世界宣教と日本宣教について考えたり、疑問に感じたり 
意見交換をすることもあります

脱「タコツボ」という言葉は、その中で出てきました

欧米と対比して日本の文化や組織の特徴を、思想家の丸山真男が「タコツボ」型と名づけたそうです

タコツボは、それぞれに孤立した壺が一本の綱で並列的に連なっています
共通の根を切り捨てた形で専門が分かれ、それぞれ仲間集団が「タコツボ」をつくり
相互間の意志疎通が困難になる様子と似ています
各「タコツボ」の中で特殊な文化が煮詰まって、中にいる人たちには居心地の良い空間になりますが
「オタク」化、「ガラパゴス」化、「カルト」化していくこともあります

今、誰もが感じている閉塞感
その原因の一つが「タコツボ」なのかもしれないと思います


新型肺炎の拡大に伴って、見えてきたものもあります
終息を願うとともに、目を覚まして世界を知り、焦点の定まった祈りをしていきたいと願っています



今日はこのへんで…
(SS)

2019年12月27日金曜日

今年もお世話になりました

2019年今年もお世話になりました!
すっかりブログの更新が遅くなりました。
私たちアンテオケの事務局は今年度、大きな変革があり、ブログまで手がつけられない状況でした。今年の一字として「多」があげられると思います。
・総主事就任
・全国出張キャンペーン開始
・アンテオケを覚える日開始
・リクルート
・面談
・セミナー
・トリップ
・サポーターズ

・・・・・まだまだいろいろなことがありました。
しかし何よりも感謝なことは、どの宣教師も、また私たち事務局も、主事、理事たちも、みんな元気に守られたことです。
そして何よりも、変わらず祈ってくださる諸教会、個々人の皆様のお祈りとご支援によって、宣教会が支えられておりますこと、感謝に堪えません。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。
私たち事務局も祈り合いながら、一つ一つのことを行っていく次第です。
どうぞ引き続き、アンテオケのためにお祈りください。
皆様の上に主の恵みと祝福をお祈りしています!!!
(KT)

2017年6月5日月曜日

LINEデビュー

 海外への赴任が決まり、3度目の駐在だからか?どうしても日本から持っていきたいもののリストに多くの必要がなくなった。ただ一つ心に思うのは、もうすぐ80になる両親との☎の事だった。
 最初の駐在は今から22年前で、当時は国際電話は高額だったためにFAXで手紙のやり取りができるのは画期的なことだった。エアーメールを待たなくても、海外と瞬時に文章のやり取りができるFAXは友人や両親との通信手段として大切なものだった。
それから7年も経たない2度目の駐在では、コンピューターが1家に1台の時代になり現地で日本のコンピューターを購入し、Eメールでのやり取りが始まった。当時、まだ70になったばかりの父も孫の写真ほしさに、公共のパソコン教室に通い機械を購入して、添付ファイルで写真のやり取りをした。また若かった両親は、欧州まで旅行に来ては自分たちでデジタル写真を撮っては帰っていった。
 さて最初の赴任から20年がたって、3度目の今 両親は使わなくなったパソコンを処分し、時々☎で話すぐらいで十分になったようだ。また、孫も大きくなり親の付き添いが無くても祖父母に会いに行ってくれるようになった。しかし、また私たちが海外に暮らすことになると国内と同様に携帯でかけ放題プランというわけにはいかない。さて、どうしたものか?
自分自身はどうかといえば、パソコンメールのやり取りよりも最近はラインで気軽に絵文字を送ったり、スカイプやラインの無料電話で海外の友人と連絡を取り合い、祈祷会をしたりしている。やはりこれを使ってもらうように教えてこよう!と帰省に際して格安スマホを譲ってもらい、シムカードを入れラインのアプリも整えて持って行った。80歳を前にしても、ラインのやり取りはお手軽でとても喜んで使ってくれている。毎日、日記の代わりに昨日は何があったか?出来事や食事内容を聞き、応答の文字入力もできるように練習した。私や孫たちが写真を送ったり、近況報告をするのを楽しみにスマホに向かうようだ。指を動かし、いつもと違うことをするのは、脳の活性化になったかな?毎日の楽しみが増えて、何より海外でも無料通話ができるのは感謝!海外赴任という「もう会えないのか」という淋しさもどこかに消えてしまったようだ。今年の父母の日のプレゼントは、花やシャツではなくて「格安スマホ」という品になった。時代の変化にどうにか間に合ったかな(N)

2017年5月15日月曜日

沖縄の本土復帰45年

 2017年5月15日沖縄が本土へ復帰し45年を迎える。年がばれてしまうけれど、私が小学校1年に上がったばかりで、学校から沢山の文房具や食べ物をもらって帰った記憶があり、この日の事はよく覚えている。ノート・鉛筆はもちろん沢山の文房具が小さな1年生には重かったが、中でも一番うれしかったのは、にこにこバッチ😊だった。黄色の缶バッチは、小学生の低学年には憧れの高級品だったので欲しいと思うような品物でもなかったけれど、米軍が「子供たちに」と支給したのではないかと思う。また、記憶が正しければ同じように支給品として脱脂粉乳の箱も持たされた。1リットルの牛乳パック程あったかな?と思うけれど、重かったし、好きではない脱脂粉乳をもらったので嫌な思いと一緒に記憶に焼き付いた。当時、沖縄本島で暮らし小学校へ上がる前の幼馴染はお隣のアメリカ人の子供だった。パーリーとジョージとは、母親が日本人だったので日本語でおしゃべりし毎日遊んだ。外人住宅に暮らしていたこともあり、周りはみんなアメリカ人のお宅で軍関係者だった。幼稚園児の私は、休日になるとお隣のアメリカ人家族に便乗し軍施設へよく遊びに連れて行ってもらった。大きなアイスクリームや大量のチョコレートと驚く体験は忘れることはない。また1セントで駄菓子屋の大きな飴玉が2個買えたのも覚えている。当時1ドルはとても価値があったそうで、高校生だった従兄弟の話だと「1ドルを持ってカップルで映画を見に行き、帰りにコーヒーを飲んでもおつりが来た」とのこと。それでも1ドルが380円の時代だから、沖縄は貧しかったと両親は話す。小学校に上がり、復帰してからは学校の友達と遊ぶようになり、気が付いたら周りからアメリカ人が居なくなっていた。昔住んでいた浦添市周辺の基地はだいぶ返還されたけれど、中部や北部に向かう車の中からみる風景は30年たってもあまり変わらず、その変わらないことに驚く。異文化がいつもすぐ側にあり大きな影響を受けるという事は、沖縄独自の文化を大切にすることも同時に教えられた。大人達は、戦争体験を経て自分の愛する自国の文化や習慣が変えられようとする大きな力の中、日々の生活でどんなことを体験し、どんな思いで戦後を過ごしたのだろう。世代が代わり、そのうち戦争体験者が沖縄からもいなくなる日がやってくる。(N)

2017年5月1日月曜日

ヨーロッパキリスト者の集い

 毎年恒例のヨーロッパキリスト者の集い第34回は、今年も夏に行われます。ドイツのライプツィヒにて、8月3日~6日の第一日曜日を参加者全員で礼拝を捧げて終えます。280名の応募予定に、参加申込者が320名となる大盛況となりました。それはなんといっても、今年が宗教改革500周年となる記念の年でありドイツという開催場所も魅力なのでしょう。3年前にこの予定が決まった時には、すでにルターが95か条の提題を掲げたヴィッテンベルグにあるホテルは世界中から集まるプロテスタントでいっぱいだったとのことで、今年がどんなメモリアルイヤーになるか楽しみです。
 集会2日目には、ライプツィヒにあるバッハが生涯の後半をオルガニスト兼指揮者として過ごしたトーマス教会を借りて「賛美礼拝」も持たれます。もちろん、参加者の中から聖歌隊が結成され、賛美とオルガンと素晴らしい楽器演奏にカンタータの調べ会衆賛美と本当に贅沢な集会が予定されています。今から素晴らしい賛美者たちと、ルターやバッハの居た、かの地で「神はわがやぐら」を会衆賛美として捧げることができると、とても楽しみにしています。
 また今回の集いの分科会は盛りだくさんです。ドイツならではの「難民問題を考える」また難民として迎えたムスリムの人々を隣人としてどう関わっていくのか?の分科会もあります。もちろん、今までと同じく信仰継承の事や、帰国して日本の教会にどう仕えていくかも変わらぬテーマでもあります。もっと欧州の日本語教会の抱える問題や悩みを日本の教会と分かち合えたら!と願います。きっと時差があったとしても、これからの日本の教会が迎える問題だと思うからです。SNSやスカイプで近くなった世界にあって、この難しい時代を生き、主に仕える大切な使命を考える機会になればと祈ります。(N)

2017年4月21日金曜日

ラインスタンプ

 浦和福音自由教会の高校生たちが、ラインスタンプを作成しました。
全部で40種類でスタンプの名称は
   「ロバのじゅーじ君とてんしちゃんスタンプ」 
http://line.me/R/shop/detail/1415238

今どきのネットツールを使って、子供達が宣教の大きな助けになるのではと発案し、主人公を「ロバと天使」と決めて、絵になりそうな聖書箇所を探し、またデザインもして作成したようです。作成段階の分かち合いや試行錯誤もとても楽しかったと聞きました。また教会の許可を得るために、組織の中で必要な一つ一つを教会スタッフのお兄さんお姉さん達と共に果たし、長い時間をかけて世に出しました。やっとラインに実際登場した日は、我が家でも大騒ぎで教会のライン友達に紹介してスタンプを送りました。中でも一番うれしかった出来事は、この春から大学に進学し、このスタンプの一つを作成した息子が、仲良しの友人に紹介したらなんと!購入して使ってくれているというのです。
「狭い門から入りなさい」これってどういう意味で、この絵になってるの?とか
「豚に真珠」の豚が真珠を持ってい絵の説明とか、ラクダが小さな針の穴を覗いている絵で「ちょっと無理」とか・・・、これらの絵の意味を友人同士の何気ない会話の中で、聖書の話をしながら福音を友人に語る「きっかけ」になればと願って作成されたスタンプなのだろうな~と思います。それもあって、友人のK君がこのスタンプを購入してくれただけでも、大喜び!で我が家の食卓でも話題になりました。K君の為に、救いを祈っています。(N)

2017年4月17日月曜日

宣教訓練の第一歩

昨年若くして同い年同士で結婚した次女夫妻が、先週の火曜日にニュージーランドへ旅立った。目的は「宣教訓練生」として、次女のご主人の叔父であるS師一家の家で一緒に住み、彼の牧会する日本人教会で奉仕し、訓練してもらうためだ。
娘はお付き合いを決める時も、その後結婚を決める時も、いつも「宣教」ということに引っかかり、その度に祈らされてきた。
MK(宣教師子弟)として育った娘は、「宣教」とか「献身」ということにうんざりしていたし、もう自分はそれとは関係ない道に進みたいと願っていた。そんな次女が、米国に留学していたある時に神様からの召しを受けて、「もう逃れられない。わかりました。従います。」と祈っていた頃に時を同じくして、日本で彼にも召しが与えられた。実は、彼にとって、宣教への召しが与えられたということは、今ようやくお付き合いしている次女を失うことだと思ったという。実は彼は、次女が中3の時にロシアから帰国してチャーチスクールに入学した時に一目惚れして、ずっと長い期間、告白もせずにその思いを温め、祈ってきた。ようやく大学生になって告白し、一度は振られたものの、再チャレンジし、お付き合いができたが、留学中の次女とは、すぐに遠距離恋愛。それでもスカイプで、メールでコミュニケーションを図りつつ、交際半年目、という時の「召し」だったというのだ。彼はすでに次女から何度も、召しが別々なら別々の道に進むことになる、と聞かされてきたので、自分が「献身」の道を進むなら、次女を失うことになる、と思ったそうだ。それでも神様の召しに従うことを選び、別れを覚悟で、「実は・・・」と神妙な面持ちでスカイプで話しを切り出したら、次女も「私も明確な召しを受け取った」と話し、二人はそれから3年後に「結婚」に導かれた。
若い二人の新しい生活が始まったが、そもそも若い二人が結婚できたのは、彼の会社の社宅に住むことができたからだ。広々とした2LDKのマンションで、対面キッチンやウォークインクローゼットまである素敵な部屋。しかも周辺の住宅の中では一番高く見晴らしも良い。しかし、そのゆったりした新婚生活がまだ一年も経たぬうちに、宣教訓練にと会社を辞めることになった。クタクタになりながら、数か月前に広げたものをたたみ、使ってもらえるものは方々へ差し上げ、スーツケース一つで出て行った。
そんな次女夫妻を見ながら、自分たちの若い頃を思い出していた。何度引っ越ししたことか・・・。何度諦めなければならない思いをしてきたか・・・。物に執着しないようにと言い聞かせてきたか・・・。
「宣教訓練の第一歩」はまさに引っ越しからだとつくづく思う。
あと一年だって二年だって、普通に会社で働いて、素敵な社宅に住むこともできたのに。でも彼らは知っている。それ以上に勝る、主の大いなることに期待しているし、そんな労苦は愛する主のために捧げることは、当たり前だと思っているということを。
そう、母はこれからの主の訓練に期待しています。砕かれて砕かれて、謙遜な僕としての働き人になっていってください。
涙を見せずに、笑顔で送り出した。(KT)

2017年3月24日金曜日

送別会で

 きょうは、あと1週間でアンテオケ事務局を去ることになった小生の送別会ということで、浦和にあるホテルの19階のレストランで事務局主事の方々とフレンチのランチをともにさせていただいた。特別に前総主事の安海靖郎先生も同席され、久しぶりにいろいろな話に花が咲いた。
 安海先生は今も毎年数度インドネシアに行って、特にインドネシアの諸教会が世界宣教の働きに力を入れるように励まし続けておられる。5年前に「ワールドバートナーズ」という世界宣教団体がアンテオケ宣教会をモデルにして立ち上げることを助けられ、今、この団体は世界宣教の啓発、ネットワーキング、訓練、派遣の働きに大いに用いられている様子をきょうもうかがうことができた。すでにインド、フィリピン、ミャンマー、トルコ、アフリカ、パキスタン、タイ、ブータン、バングラデシュに9組の宣教師を派遣しており、さらに今年も新たに4人の宣教師を派遣することになっているとのこと。
 安海先生の話で印象的だったのは、その「ワールドパートナーズ」などにより、インドネシア各地の教会で世界宣教の重要性についての学びが盛んにおこなわれていることだった。その学びのために用いられているのは、「カイロス」と呼ばれる聖書に基づく世界宣教についてのコースである。これを学んだクリスチャンの多くは、世界宣教への動機づけが明確になり、様々な形で世界宣教に関わるようになっている。
 日本でも小さな規模でそのコースの学びがなされているが、種々の制限があって広がるに至っていない。何とか、このカイロス・コースが多くの方々が参加できるものになるように祈らされている。(gaki)

2017年3月6日月曜日

ローマ法王

 イタリアに卒業旅行へ出かけていた娘から、旅の心配をする親に数日おきに観光地で撮った写真が送られてきた。中でも驚いたのは、「ローマ法王に会っちゃいました」となんだか呑気な表題つきでのラインの動画だった。
 4人の女子大学生の旅は、クライマックスにバチカン市国へ出かけたようだが、彼らは入場規制がされる中、しかも入口で整理券が配られていた気配もするりと抜けて中に入り大勢の様々な言語が飛び交う人波をかき分け空いている椅子に座った。4人で渡れば怖くない?この図々しさに驚くけれど、彼らは「いったいこの広場にこんなに沢山の人たちが集まって何が始まるのだろうか?」と思っていたようだ。しばらくすると、ローマ法王が小さな一人乗りの電気自動車のような車に立ち乗り、歓喜の花道をやってきた。
娘が送ってきたその動画をカトリックの信者の友人にラインで転送すると、この出来事に説明をしてくださった。周りにいる方々は世界中から法王に会うために、それぞれの国から申し込みをし当選したほんの一握りの方々で、目の前を通られる1分ぐらいの為にいろいろな準備をして祈ってやってきているのだそうだ。
4人の日本の娘たちは、申し込みもせず整理券も取らず、どこかの国のどなたかの予約席に何も知らずに座り旅の疲れを癒していたら、なんと周りのご婦人や紳士たちが喚起する中、気が付いたら「法王に出会えた」というわけだ。なんてことでしょう!!
まして、うちの娘ときたら座っていた椅子の隣に立っておられた優しそうな老婦人に、「あなたは、背が小さいのだからその椅子に乗ってビデオは撮ったらいいのよ!」と言われ、彼女はとっさに椅子の上に立って動画撮影に臨んだ。お恥ずかしいことです。。。
帰国後、一部始終を聞きあきれる母の「その婦人は、一体どこの国の方で、何語だったの?」の質問に「わからない(笑)ジェスチャー付きだったから、きっとそう言われているのだろうと思って」=旅の恥はかき捨て= 優しいカトリックの方々でよかったね。
憐れみ深い主よ、旅の思い出をありがとうございました。(N)

2017年2月6日月曜日

やぎさん郵便

 2016年も無事に聖書通読を終えた。1年で聖書を1回だけだが、通読するようになって8年がたった。よく巷で言われているのは、一日4章読むと1年で通読できるという事。8年前通読を始めるにあたってどれだけの章があるのか、聖書を調べてみた。新改訳聖書の旧約聖書は929章、新約聖書は260章ある。合計すると1189章、一日4章ずつ読むと298日で通読が終了する予定だ。カレンダーに置き換えると、元旦から毎日4章読み始めて、9月半ばというところだ。単純に1189章を365日で割ると3・25章になる。4章読める日もあれば、3章読める日もある・・でいいのかな?と気楽に始めた。最初の2年は、創世記から出エジプト・・と一枚一枚ページをめくって通読していたが、年間を通して毎月同じ個所を読むのか~と思い始め、3年目に読んでいない箇所を確認できるようにと、自分なりの一覧表を作成した。そして、その年から読んだ章をマーカーで塗りつぶすようにした。クリスチャン的に言うと、「示された所を読む」なんて、かっこいいことを言ってみたいけれどあまり感度良好なアンテナを持ち合わせているとも思えないので、礼拝で語られる箇所に合わせて読んでみたりした。また、詩篇は150篇あることを表を作成するときに改めて気づき、ある年は夏休み8月の1か月間で毎日毎朝5篇を朗読した。声に出して、詩篇を朗読することの素晴らしさに心も魂も癒された。そして、なぜか?31日目に詩篇の通読が終わった(笑)このぐらいのアバウトさが、8年続いた心地よさかと思っている。
昨年、いつにもまして忙しさの中なんとか12月クリスマスの頃に通読を終えられたが、それから年が明けるまで1年を思い巡らし、毎日毎日聖書のみ言葉を読めたのはよかったけれど、果たして神様からのメッセージをしっかりと受け取れたのだろうか?と自身を顧みた。そして、ふと動揺の「やぎさん郵便」が思い出された。
    「白やぎさんからお手紙ついた。
     黒やぎさんたら、読まずに食べた。
     仕方がないので、お手紙書いた
     『さっきの手紙の御用時なあに』」 まどみちお詩
白やぎさんの神様は、私にせっせとメッセージを送っているのに、私は毎日ただただせっせとそれを食べるだけに必死で、何が書かれているのか?よくわかっていない中、これまた一生懸命に「主よ、あなたに何を捧げたらいいでしょうか?今日のご用は何ですか?」と祈っていたのではないか?と思わされ苦笑した。(きっと神様も呆れておられたでしょうね・・・)
さて、それでも懲りずに今年もまた通読を始めている。多忙の中にあっても、今年は黒やぎさんなりにお手紙は心して拝読してからいただこうとおもっている。(N)

2017年1月16日月曜日

本当の優しさ

 2017年元旦、聖日の礼拝を献げ新年を恵みの内に静かに迎えることができた。翌日から休みの間ゆっくり過ごすはずだったが、次の週の奉仕に向けて1通のメールが入り、その週のスケジュールが変更に次ぐ変更となった。また私に都合の悪いその知らせは、心に波風を立たせ主の前に「できません」と「やりたくありません」を新年から代わる代わるに申し上げることとなった。結局、祈りというか不信仰な思いを聞いてくださった主は、最初の予定に戻してくださって、日曜日を迎えたのだが・・・結果は、私の思った通りの最善のご奉仕をお献げすることはできなかった。準備した内容が悪かったのか?体調を最善に整えることができなかったからか?自分自身の課したハードルが高かったのか?どうにも納得のいくものではなかった。要は失敗した!と思ったのだ。
 翌日、年末から続く心の疲れを引きずって「静まりの会」へ出かけた。そこでお交わりをしてくださった方から、ある一冊の本を紹介してもらった。
    「自閉症の僕が跳びはねる理由」 東田直樹著
帰り道、本屋に飛び込んで購入し早速読んだ。そして彼の繊細だけれど、自由な心に触れてとても慰められた。ひとつ、中のお話しを紹介したい。
===================================
  ずるっと滑った
「みんなの中で、一番足が速いのは私よ」ピョコピョコ、ウサギが言いました。
「大昔に勝負して、僕だって決まったはずでしょ」カメが、不機嫌そうに答えます。
「そんなこと、どうでもいいよ」他の動物たちは、気にしていません。
それでもウサギはどうしても、もう一回競争したいと言い張ります。
カメは仕方なく、スタートラインに立ちました。ウサギとカメの競争です。
「ヨーイ、ドン」
ウサギは猛烈に走り出しました。
カメは、ずるっと滑って、ひっくり返ってしまいました。
みんながカメを心配して駆け寄りました。
「大丈夫?」「帰って休んだ方がいいよ」
カメはみんなに抱きかかえられて、家に帰りました。
ウサギがたどり着いたゴールには、誰もいませんでした。
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 滑った私を主は、周りにいる優しい方を用いて慰め、励まして下さり、また大切なことを教えてくださった。東田君の言葉にもう一つ、「本当の優しさというのは、相手の自尊心を傷つけないことだと思う」と読んだときに、滑った奉仕にも感謝を献げることができた。(N)


2016年12月26日月曜日

クリスマスはどうすごしましたか?

 昨日、この一年最後の日曜日に思うところがあって夕拝に出かけた。

 「今年のクリスマスは、どんなクリスマスでしたか?
 昨年のクリスマスは、どんなクリスマスで、何が一番印象に残っていますか?
 3年前、5年前のクリスマスのことは何を思い出しますか?
 10年前のクリスマス、1990年のクリスマスは何をどこでしていましたか?」

との問いかけに、ほんの短い時間 いろんなことが頭の中をよぎった。
バブル真っただ中の80年代後半のクリスマスは、
「福音」という言葉も知らずに、沢山の友人を自宅へ招き、パーティをしてもてなした。
世の中が着飾ってクリスマスをするのに退屈な思いがして、
「ハワイアンクリスマス!アロハシャツか?Tシャツを着てくること。」をテーマにした時もあれば、「パジャマクリスマス」の年もあった。
ただ、友人と面白おかしく過ごす時でしかなかった。
また、ク・リ・ス・マ・ス、という言葉の意味さえ知らなかった。

当時は、東京にいたにも関わらず、どこかで教会のチラシを手に取るという幸運や
キャロリングを耳にする最高なひと時や、
礼拝に招かれるという祝福も機会を得なかった。

ただ思い出すのは、20歳の時のクリスマスで、女の子3人で代官山でおしゃれに、
そぞろ歩いて祝日を過ごした。
中の一人が、「今日はクリスマスだから、教会に行ってみようよ」と素敵な、でもよく意味の分からない提案をしてくれた。3人は、「まあ・じゃあ~、物見遊山で近くに教会はないか」と探しながら歩き回わり、恵比寿の駅の近くで(たぶん)大きな十字架のついた教会を見つけそこに入った。今思うとカトリックの教会だった(はず・・・)1階の礼拝堂には人がいなく、2階が騒がしかったので、外階段で2階へ上がった。
そこでは、制服を着たお行儀のよい幼稚園生が100名以上いたと思うが、長いテーブルに座り集まってクリスマス祝会をしている真っ最中だった。シスターが出てこられて、私たちの「クリスマスなので教会に来ました」という幼稚な言葉に、笑顔で快く迎え入れてくださり、幼稚園児の間に席を作り、座らせてくれた。そして彼らと同じようにお菓子が配られ、もてなしてくださったのだ。しばらくすると、プレゼント交換が始まったが、当然何も持ち合わせがない3人にシスターが親切に用意してくださったプレゼントが託され、子供たちの交換場に入れてもらって、しっかりプレゼントまでいただいて帰った。言われるがまま、なすがままだったが、めちゃくちゃ、恥ずかしかった。
でも、今でも忘れられない素敵なクリスマスの思い出だ。

今は3人ともそれぞれ結婚し家庭を持った。
A子は子育てをしながら近くの教会に出かけ宣教師と共に英語のバイブルスタディーに参加したりしていたが、宣教師が帰国、「クリスチャンにはならない・・」と言っている。
また最初に、「教会に行ってみようよ」と誘ったB子は、今もクリスマス礼拝に時々A子とやってくる。
面白がってくっついて行ったC子は、結婚して海外駐在へ出かけ福音を聞きクリスチャンになった。帰国後その証を二人に話し、時々彼らと関わりながらA子とB子の救いを祈りつつ、神様の救いのタイミングとご計画を楽しみにしている。そして、このクリスマスの思い出を思う時、神様は本当にユニークで微笑ましいお方で、愛と憐れみに満ち溢れておられると感じ、感謝してやまない。(N)



2016年11月28日月曜日

ケニアのバラ

 先日、日経新聞の付属品として送られてくる雑誌にアフリカのケニアで花屋をしている女性が紹介されていた。ケニアでバラ?と不思議に思ったのと、若い一人の女性がアフリカでビジネスを展開している姿に興味をもった。
 その方の投稿の言葉を紹介したい、
「事業を通して社会貢献をする」という思いが芽生えたのはアメリカの大学時代。環境や貧困問題を学び、日本の人口に匹敵する数の人々が1日1ドル以下で暮らしていることを知る。教育も受けられない不平等。しかし、彼らの暮らしに豊かな自然や文化を奪い欧米型の発展を押し付けるのはどうか?と様々な思いが巡る」そのうち、彼女は「自分の目で見て、肌で感じ、自分が何を思うかを確かめたい。」と思うようになる。帰国後、一旦社会人として7年働き、ビジネスの本質を学び資金を調達して、導かれてアフリカへ。ケニアで目にしたバラのつぼみの美しさが忘れられず、「ケニアはバラのナンバーワン輸出国」と、誇りをもって働く青年との出会いに、ケニアでバラを栽培し日本へ送るビジネスを始める。
 アフリカ、貧困、現地での雇用、WIN-WINの関係、このキーワードの動かされ起業。まさに、現代にふさわしく、どんなに遠い国であっても、オンラインショップがあり、空輸でそのままの香りと美しさのバラが運ばれる。「ケニアのバラが日本で喜ばれていることで、現地の子どもたちが働くことに夢を持つようになる」
と書かれていた。
==ケニアに雇用を作り、学校に通える子供を増やす。==これが私のミッション。

 この内容を見て、私は、宣教師張りの熱い思いを受け取った。この学校に通う子供たちに福音が伝われば・・・、または一緒に働く人たちに福音を伝えたいという思いで企業する。なんて言葉が入ると、どんなに素敵だろうと思わされる。彼女の背景にどんなご家庭で育って、教育を受けられたか、わからないけれども主が背後でこの素晴らしい働きを支えておられるのだろう。
日本のクリスチャンからも良き働き人が立ち上がっていくことを祈りたいと思った。(N)

2016年10月17日月曜日

驚くばかりの

 アメリカで留学中にクリスチャンになった方とお食事をした。私はドイツで福音を聞き救われた者としてお互いに、海外の地で在外邦人宣教の恵みを受け福音を聞き、イエス様と出会い信じて洗礼を受けた証を語りあった。そして後に帰国し、初めて経験した日本での信仰生活、教会生活を分かち合った。親子ほどの年の差だけれど、主にある姉妹の交わりは御国へのアンティパストだ。
 彼女は、渡米留学する際に「わざわざ」宗教色のない大学を選び入学した。宗教が嫌いだったからだ。3年は、教会に関わらずに過ごすが、韓国人の素晴らしいクリスチャンの友人を通して初めて礼拝に参加する。礼拝を捧げる中で、訳も分からず涙が止まらなかったそうだ。
「渡米するまでの人生でキリスト教に関わったことは?」の質問に、中学の時の先生がクリスチャンで証を聞いて涙したことがあるという事や、もっと素晴らしかった話は・・・ イエス様を信じて救われた後、家族に福音を伝えたいと祈っていたら家庭の事情で1年休学して一旦帰国することになった。家に帰り、両親にクリスチャンになったことを報告すると、「あなたの祖父もクリスチャンだったのよ。」と今まで聞いた事もなかった家族のストーリーが語られた。
 彼女のお祖父様は、クリスチャンだった。幼いころにこのお祖父様が亡くなったそうだが、彼女にだけ生まれた時にお祖父様から「聖書」が送られていたことをその時知る。ご両親からその話を聞き、感動の涙で家を捜索し、その聖書が見つかった! そしてその大切に持ち歩いている聖書を見せてもらった。見開きに「神のなさることは時にかなって美しい」とみ言葉が書かれてあり、おじいさまの自筆のサインと彼女へのコメントが書いてあった。お祖父様の祈りが聞こえてくるようで、感動し心が震えた。神様のご計画の素晴らしさに鳥肌が立ち、二人で涙を浮かべる。ほんとに、どうしてこうも、神様のストーリーは素晴らしいんだろう。
彼女は、現在 献身して宣教師主事になっている。お父様は、彼女の勧めで聖書を読み始めた。
また神様の奇しい方法で、驚くべき恵みの中、福音が宣べ伝えられ、一度祝福の流れた家族への大いなる祝福はとどまることはない、という事実を見せられた。(N)


2016年9月30日金曜日

「主われを愛す」♪

 やっと青空が広がり気持ちのよい風が吹いた9月の最後の日、教会で91歳のクリスチャンのH姉の葬儀があった。幼い頃に福音を聞いていたが、長い人生の旅路に86歳で病床洗礼を受けられ、その後も手厚い看護を受けながら、天に召されて行かれた。
 H姉は幼い頃にアメリカの宣教師 ハナフォード師夫人より日曜学校で福音を聞き、生涯の愛唱歌が「主われを愛す」だったそうだ。~ハナフォード宣教師の経歴は、明治学院大学教授で、大井町教会のオルガニスト、賛美歌改定委員と記載されている。~
幼いころに福音を聞きその後H姉は、結婚し、娘二人を授かり、その娘2人をミッション系の幼稚園に通わせる。彼女は、つらい時こそ「主われを愛す」を口ずさんでいたそうだ。
娘たち2人は、その後洗礼を受けクリスチャンになる。長女のK姉とは、同じ教会の祈りの姉妹で、召天されたお母さまが入居していた施設には、私の義父も導かれてお世話になった。

 この長女にあたるK姉はいつも、「宣教師に福音を伝えられた人の信仰はすごいのよ」と言っていた。ご自身のお母さまは、福音を最初に聞いて80年近い時間を経て86歳で洗礼を受けられたが、イエス様を信じる信仰をずーと持ち続け、幼いころに教わった賛美歌の「主われを愛す」を大切に歌って、主と共に歩んでこられたのだ。 神様のご計画は、本当にいつも不思議で、最初に福音を聞いたお母さまより先に娘さん2人が洗礼を受けクリスチャンになり、その孫にあたるM姉も救われ教会の奏楽者としてオルガンを弾かれている。そしてこのお孫さんのM姉がこの葬儀の日の奏楽をされた。
オルガニストだったハナフォード先生がそこにおられたら、どんなに喜ばれたことだろう!と思う。また、ひ孫にあたる子は、赤ちゃんの時から教会の幼児クラスに通い、小学生になった今は素晴らしい祈りを捧げる子になっている。

主が送ってくださった宣教師の忠実な働きと祈りが100年を迎えようとする時になって、多くの実を見せてくれる。葬儀の最中、このH姉の人生のストーリーを聞かせていただきながら、この収穫の秋に豊かにみずみずしい実が沢山付いている「ぶどうの房」を思い浮かべていた。その宣教師や、送り出してくださった支える方々の熱い祈りが、こうして次世代に受け継がれていることを教えられた。何より、賛美歌で歌われている如くに、主はその魂を忠実に愛し忍耐強く共に歩んでくださるという恵みに圧倒される。(N)

 「わたしは決してあなたを離れず また あなたを捨てない」ヘブル13章5節

2016年9月28日水曜日

浦和の世界宣教祈祷会

 浦和では、毎月第4火曜日の午前中に世界宣教祈祷会を行っています。場所は、浦和コミュニティーセンターの一室をお借りしています。この場所は、浦和駅東口の正面パルコの10階にあります公共施設です。毎月、祈りの勇士が集まり宣教の為に熱く祈りをささげる2時間は、充実した時間です。
 2008年11月から始まりました。最初は、近隣の宣教に関心のある方が集まっての祈り会でしたが、主があちこち出かける先で出会わせてくださる宣教師の方々に気楽にお声をかけたところ、いらしてくださるようになりました。感謝してお招きし、現地での活動報告、祈りの課題をお聞きし祈る時間を持つようにもなりました。今までに延べ45人の宣教師がここから祈り送り出されました。
 超教派の集まりで、場所の予約や連絡係のコーディネーターはいますが、祈り手も、当日にならなければ何名与えられるか?わからないような自由な場所です。一度は、2人の日がありましたし、時には最多人数の30人を迎える日もありました。祈り手の人数は、主が送ってくださいます。また、たとえ多くを祈ったとしても、またそれ以上に、またその事に関わりなく、世界で繰り広げられる神様の御業は淡々と進められていることをいつも感じます。時には、他では中々聞く機会を得ない要配慮の国や地域での宣教活動も知ることができます。はじめは、筆者も「祈りの為に・・」と集っていましたが、何年か集ううちに「ここは主が宣教を教えてくださる場なのだ」と学びの場として豊かにされる恵みを覚えています。
 先月、初めて台風により中止をしました。2か月越しで昨日いらしてくださったのは、ベルギー宣教会から遣わされる川上寧・真咲宣教師ご夫妻でした。神戸で伝道会議が行われている中、人数が少ないのかもしれないと思いましたが、主に集められた祈り手は11名でした。新しい方も加わって、今月も豊かな祈りの時間を持てたことを感謝しました。(N)

2016年9月12日月曜日

How beautiful are the feet of them~ローマ10-15

 教会の聖歌隊でメサイアの合唱曲集を学んでいる。本来、聖歌隊の奉仕の場である礼拝で、より最善の賛美を捧げることができるように・・・と賛美向上の訓練から始まった取り組みだ。

何年越しかで、全曲を練習中だが、題名のごとく「救い主:メサイア」は旧約聖書・新約聖書からみ言葉を引用しての大曲であり、合唱と各パートのソロが入る美しい調べだ。
中でも最も有名なのは、誰でも一度は聞いた事のある曲で2部の終わりに歌われる「ハレルヤ」だろう。
その2部の丁度 真ん中あたりにソプラノのアリアで、ローマ人への手紙10章15節のみ言葉から「How beautiful are the feet of them」という曲がある。短い美しい曲だ。
 
 この聖書箇所が昔から不思議だった。「み言葉を述べ伝える人の足は、なんと美しい」=(訳によっては、「りっぱでしょう」となっている)どうして足なのだろう?と思っていた。「信仰」とか、もしくは口・唇?、目とか表情とか姿、そう・・・例えば「心」とか「魂」・・・ならなんとなくわかる気がするけれど、「足」と書かれているのは、どうしてだろう。 宣教師を派遣する宣教団体に来て奉仕している者でありながら、小さい者の正直な告白なのだ。それが今回のニュース215号の中の松崎主事の記事を読んでいて、このみ言葉の「足」という言葉にやっと納得いく時を得た。そして、最前線で孤高奮闘する宣教師を覚え、この文章に涙が出た。もちろん、様々を祈っているが、こうして具体的な文章になると心に迫る。 多くの方に是非、目を通していただきたいと願う。 
この国にいて、メールやラインでのやり取りに日々簡単に言葉が飛び交い、安価に作成できるチラシやトラクトで福音が届けられ、ニュースレターによって現地での恵み深い宣教活動の知らせが届けられるのは、当たり前だ。また、伝道例会も宣教の為のコンサートやイベントも、日曜日の礼拝でさえ、いらしてください!と誘い、多くの人に来てもらいたいと祈る。だけれども、どんなにか危険な地域では、顔と顔を合わせて伝えに行かなくてはならない。福音を危険と引き換えに伝えに行くという、その地に行かなければできない事、できない場所も多いことを今更ながら覚えさせられる。

この地でも・・私達にも・・、顔と顔を合わせて伝えなくてはいけない人が身近にいるのではないか、と思わされる。(N)

「遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のようにかかれているとおりです。『良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。』」
                   ローマ人への手紙10章15節

2016年9月7日水曜日

~ラサへの歩き方~「祈り」の映画

 中国映画 『ラサへの歩き方~祈りの2400km』 を見てきた。 

チベット仏教を信仰しているカム地方の小さな村から総勢11人がグループとなって、生涯に1度は巡礼に行きたいと願う地「ラサ」へ祈りの巡礼の旅に出る。

キリスト教やイスラム教の巡礼の旅と違うのは、彼らは「五体投地」=(全身を地に投げ出して行う最も丁寧な祈りの捧げ方)で、片道1200kmを歩くのだ。いや、、歩くというよりも私の見た感想は、7歩でヘッドスライディングをしながらと言うのが、その祈りのスタイルを紹介するに一番想像しやすい言葉かもしれないと思う。手には、木の板で作ったスリッパのような物をはめ、体の前半分には牛の皮で作った膝下までの大きなエプロンを着る。決まった祈りを唱え歩きながら、頭の上で一度合掌、胸の前で一度合掌、そして全身を地に投げ出しひれ伏し合掌、を繰り返す。そう!その祈りのスタイルを、地面にひれ伏した途端に、また立ち上がってはそこから同じ7歩の祈りの五体投地をしてひたすら歩く。そう!彼らは、1200kmそれを繰り返しながらラサをめざすのだ。

 旅の11人のメンバーには、父を亡くしたばかりで弔いの旅をする男性、生まれてくる子に祝福を望む妊婦、人生を祝福してもらいたいと参加した10歳の女の子。また家畜を屠る仕事をしていて罪悪感に悩まされている男が屠畜の罪を償いたいと旅に参加する。ラサへの理由は、一人一人様々だ。 旅の途中で、妊婦は産気づき新しい命が誕生し、年配の祈り手はある朝、地上での命の時間を終える。彼らは、毎日テントを張り、煮炊きし、毎日寝る前には全員での祈りの時間を持ちと助け合って様々な事を乗り越えていく。彼らの祈りは、個人的な祈りではなく、この地上にある生きとし生けるものへの祈りだ。祈りの映画というので、先に情報を得ることなく全く内容を知らずに見に行った。そして「五体投地」に唖然とし、ずーとその祈りの巡礼を続ける彼らの真摯な思いに圧倒された。アスファルトの道に頭までべったり付ける最初の驚きなど大したことはなく、大雨の後の土砂が流れる川のような道路も、ザバーンと音をたてて体中に泥水を浴びながら五体投地を繰り返す。山道、砂利道、泥道、雪道、凍道、・・・ひたすら、祈りの熱い巡礼の旅が繰り広げられる。もう、途中から美しい中国の景色が目に入らない。

 8月に「祈りの力」というアメリカの映画を見たが、これとは比べられない別の思いになった。また、2014年の夏には、「大いなる沈黙へ~グランド・シャルトルーズ修道院」という映画を見た事も思い出していた。この修道院の映画でも、驚いたことの一つは礼拝堂で体を地面に投げ出しちょっと横座りのような恰好で祈りをささげる修道士たちの姿だった。あれもいわゆる「五体投地」と同じ思いからのスタイルなのだろうか。    結局、ラサへの巡礼の旅は、このスタイルで往復2400kmほとんど1年かけて行われていた。映画を見ながら、祈りのスタイルは違えども、私達キリスト者も、毎日が巡礼の旅。しかし、彼らのように、「いついかなる時も、最初に主にひれ伏し祈りをささげて歩んでいるだろうか?」と祈りへの思いを探られた。そして、ラサへ巡礼の旅に出る彼らを尊重しつつも、主の福音がその地に届けられるようにと祈った。(N) 
 

2016年8月29日月曜日

今年の台風

 今年の台風は、フィリピン沖で発生するのではなく、
太平洋の南の方で発生し、関東・東北・北海道へ向かってきています。
皆様の地では、台風の被害はいかがでしょうか?
今日、明日と上陸する見込みの台風10号の被害が最小限で済むようにお祈りしています。

 沖縄で育ったために、毎年20~30個の台風を経験してきました。
風の強い台風が農作物の収穫の時に重なると、大変な被害になります。数年前には東北でリンゴがダメになり、今年は梨が落ち、メロンが水浸しになったように、沖縄も近年は収穫の時期に重なるとマンゴーが台無しになります。雨の被害は、海が近くにある為か比較的少ない気がしますが・・・

 風速が25メートルを超えると暴風警報が出て、学校や役所が休みになりました。(役所では、防災の担当は、出勤するはず)学生の時は、学校が休みになるので喜びましたが・・
社会人になり、金融機関で仕事をするようになると、どんな台風の中でも職員が交代で出社するのには驚きました。世界のマーケットは動いているのに、沖縄県だけが台風で仕事を休むわけにはいかないと、車で近くの同僚と相乗りをして出勤します。
ある夏、猛烈な台風の中(50mを超える台風でしたが) 国道58号線をゆっくり走り同僚4人を乗せて帰宅したことがありました。50m超える風の中、車の運転をしたのは初めてでしたが・・・
台風の恐ろしい風に車が浮くのを、運転する者はハンドルを握りながら感じ震えていました。大きな主要な道路は、風の通り道になるので本当に怖かった記憶です。そういう事になりたくないからと、ちょっと高台に車を置いて、タクシーに乗り帰宅しようものなら、翌日は車が横転しているかもしれないのを覚悟しないといけません。その被害で、自分の愛車を廃車にした友人もいました。
信仰を持つ前から、台風一つとっても、自分の力ではどうしようもない脅威を知っていました。
人は小さい者で、何もできない暴風の中では、静かにジーと嵐が過ぎ去るのを待つだけです。
明日の台風の中でも、どうぞ数時間の間ですから静かに通り過ぎるのを待つことができますように。人が神様から任された「自然」=「地上の被造物」の苦しんでいる声に耳を澄まし、もっと生活する中で私たちにできることは何なのかを教えられたいと思わされます。

 本来のルートであるフィリピン沖で発生した台風が東シナ海を北上することが無い今年は、南西諸島のサンゴが死んでいます。台風で海水が攪拌されることが無いために、海水温が異常に上昇しているそうです。先週、海の中をグラスボートで見る機会がありましたが、白く死んでしまったサンゴがたくさんありました。再生するサンゴもあるようですが、とても時間がかかる事です。(N)


2016年8月8日月曜日

JOMAセミナーの恵み

多様化する世界宣教

「みんなでミッション」 
7月17日・18日と祝福された集会になりました。

**ご報告とお知らせ**

実行委員は、
委員長がOMF総主事の菅家庄一郎先生
      AOGの林幸司先生
      アンテオケからは、稲垣先生・松崎・高山・関谷

恵みを振り返りつつ参加者の具体的な数字は、
17日のみの参加者は、118名
18日    参加者は、100名

また、18日の昼食の時間に、在日外国人教会の方々との交流も行われました。
 ペルー    8名
 フィリピン  10名
 華人      2名
 ミャンマー   3名


 CGNTVのHP内のニュース「CGN Focus」サイト
#917「JOMAミッションセミナー2016」をクリックしますとご覧頂けます。

あるいはyoutubeの
https://www.youtube.com/watch?v=ByK6vwSOGPw
にもアップしておりますので、ご都合のいい媒体でどうぞ。
(こちらの方が画面も大きく見やすいかと思います)